孤憤

王様は裸だ

1 インボイス制度

 消費税は、売上の中で消費者から預かった消費税から、仕入や外注費など原価にかかった消費税(仕入れ税額控除と言う)を差し引くことで、国に納める消費税額を申告する。

 インボイス制度と言うのは、令和5年10月1日から導入されるもので、簡単に言うと、これからは請求書や領収書に含まれている消費税の金額を明確に記載し、インボイス登録番号も一緒に記載しなければならず、これが記載されていなければ、仕入税額控除の対象と認めないと言う制度である。

 一見、多少面倒にはなるが、1つの義務が増えただけのように見える。

 しかし、実はこの改革は、消費税をもはや消費税と呼べないものにするほどの大改革である。

 そもそも、なんで急にそんなことをしなければならなくなったのか?誰も知らない。

 そして、これが日本経済に及ぼす影響、更に世界の中での日本の立場をも変えるものである事もほとんど知られていない。

 

 私は、職務で、ちょっとしたインボイスの説明会を依頼されたのだが、渡されたテキストと原稿はひどいものだった。

 登録番号の取り方や、伝票上の記載方法など、テキストを読めばわかりそうなことばかりで、インボイスの導入によってどれだけ世界が変わるかと言う事はおろか、なぜ今インボイスが必要になったのかすら書いていなかった。

 私は「インボイスの導入には、広く国民に理解と協力を求めるところがある。このような説明では納得のいかない者を増やし、かえって信頼を失くす。」として、2度、上層部に、変更した原稿を提示して、上奏した。しかし全く受け入れられなかった。

 残念なことに、ほとんどの者は、私の言っていることが理解できず、理解できている者は、理解した上で、敢えて割愛しているのだと言う態度を示した。

 なるほど、こいつら改革を進める上で不満が出そうな不都合な事情は、国民には知らせないつもりなんだなと私は悟った。

 私は一旦、講師を辞退したが、受け入れられず、脚本通りの説明会をさせられた。

 すると、質疑応答の際、1人の男性から「その番号を印刷する新しいレジとかを買う費用は私たちが負担するのか?」と言う質問を受けた。

 私は、その質問に対し「はいそうです。」とさらっと答えると、男性は案の定不満げだった。そこで、少しだけ、インボイスを導入することが必要になった理由などを話した。あの割愛を求められた内容の1部分だ。

 

 説明会は複数回予定されていたが、私は一回目の講義をしただけで解任された。

 しかし、解任したのは上層部ではない。説明会の参加者の意見だった。

 曰く「難しい話は要らないのだ。後でケチを付けられたくないから、正確なインボイスの作り方を聞きたかったのだ。」

 こんな大改革を遂行するのに、つまらん書き間違いにケチをつけているほど暇じゃないのだが、彼らにとっては、何のためにそう言うルールが有るのかが重要なのではなく、ルールを守って文句を言われないことの方が重要なのである。

 

2 付加価値税Value Added Taxの頭文字をとって「VAT」)

 世界にも、日本の消費税のようなものがあり、それは付加価値税と呼ばれている。と多くの国民が説明を受けているが、付加価値税と消費税は似て非なるもので、まさに消費税が付加価値税のようなものあるいは付加価値税もどきである。

 (1) 計算方法の違い

 付加価値税の場合、売上のインボイスに記載されている間接税を消費者から預かり、仕入や外注費その他経費のインボイスに記載されている間接税を差し引き、算出された残高が国に納める間接税額である。至ってシンプルである。

 この場合、8% 10% 15%あるいは0%の取引が複雑に混ざっていたとしても、全く問題ない。単純に記載された金額を合計して足し算引き算の世界で納める税額が計算される。

 これに対し、日本の消費税の計算では、不思議な計算が行われている。

 まず①売上に係る消費税を割戻しで計算し、②損益計算書の中で、消費税がかかる経費項目の合計を計算し、割り戻し計算で、仕入税額控除を計算する。

 その上で、①から②を差し引いて国に納める税金を計算している。

 これをアカウント方式(帳簿方式)と呼ぶ。 

 税率が単一である場合は、そんなに難しくないが、現在のように2種類に分かれただけで、この計算は非常に複雑になっている。

 今般、インボイス制度が必要となった原因の1つが、このような軽減税率の登場により、アカウント方式の限界が顕になったためである。

 

 (2) 免税事業者の取り扱いの違い

 消費税には免税事業者と言う設定があり、売上が10,000,000円以下の場合、消費税を納める必要がないと言う制度がある。この制度はフランスにもイギリスにもドイツにもあるのだが、日本と根本的に違うのは、その国の免税事業者は、インボイスを発行することができない。あるいはインボイスを発行できても、間接税は表記されない。そうですよね、納める予定もないのに売上に間接税を加算する事はできませんよね。

 したがって、これらの国では、免税事業者から何かを購入しても、間接税を控除する事はできないわけである。

 これに対して、日本は、インボイスと言う制度はなく、損益計算書の経費項目から割り戻しで税金を計算しているので、免税事業者に支払ったものも含めて、全部仕入れ税額控除の対象となる。

 簡単に言うと、消費者が買い物をしたときに支払った消費税のうち、最終的に免税事業者に支払われた料金に係る消費税は、実際には国には入ってこないという事。

 これを「益税」と言う。

 これが年間にどれぐらいあるかと言う話であるが、ネットでいろいろ検索していると、約5000億円から1兆円弱くらいと答えはバラバラだ。

 私もちょっと挑戦してみた。余裕のある人だけ見てくれればいい。

平成30年度       単位10億円

GDP(554兆円)      554,259.3

△資本形成        140,933.1

△純輸出             2,286.9

総消費             411,039.3

内家計支出           302,442.9

△医療費等非課税       28,099.6

内政府支出         108,683.5

△医療・保健等非課税支出  68,944.4

内現物支給は課税      2,000.0 ※資料がないので若干数を算入

△人件費               5,191.1

国債費             23,302.0

課税消費合計         288,949.4

消費税率8%のうち国税分    6.3%

算出消費税額           18,112.6

同年度一般会計消費税額      17,558.0

差引益税額           554.6

 × 10億円だから、5,546億円てとこですか。

 資料不足もあるし、現行税率は10%であることも勘案して、あくまで参考値だ。ただ。ちなみに、アカウント方式と言うのは、そもそも、こういう概算をするときに使用する方式である。

 

3 不都合な事情

 インボイスを導入すると、国民が負担した消費税は、100%国庫に入ることになる。ということは、このインボイス導入に伴い、私の計算では、5,500億円のステルス増税が行われてしまうわけだ。しかしてそれは、誰が負担するのだろう?

 理屈から言うと、その益税の収益を享受してきた免税事業者が負担すべきなのであろうが、そんな零細企業の集団が簡単に片付けられるような金額ではない。そこで政府は、またわけのわからない経過措置をとって、6年でこの問題に蓋をしたまま、軟着陸を図ろうとしているが、私の観測では、そのプランは難しいだろうと考えている。

 おそらく導入されたインボイスは急速に普及するだろう。なぜなら、複数税率の有る世界では、税額の計算が圧倒的にシンプルでわかりやすいのである。

 政府の思惑を超えて、急速に進むインボイス化の波は、多くの零細企業を廃業に追い込むだろう。

 

 さらに、政府が語ろうとしないもう一つの不都合な事情が、インボイスの普及をさらに加速するだろう。

 インボイスを導入しなければならなかった本当の理由は、軽減税率を設けたからではない。

 2016年、OECD(国際間の経済取引について共通のルールを定めていこうとする国々の集まりで、世界の100カ国以上の国が参加している)は、「サービス無形資産の係る国際取引に係るVAT/CSTの適用に関する理事会勧告」通称VATガイドラインを制定した。

 必須条件は、①複数税率を持つこと② インボイス制度が使われていること③ 標準税率は15%程度とするである。

 日本は、この時単一税率で、付加価値税もどきなためにインボイスもなく、15%なんか暴動の起きそうな税率なのに、これを批准する。なぜなら、この頃、すでに80カ国以上がVATを取り入れていたが、問題になったのは③の15%くらいだけで、ほとんどの国が① ②の条件を満たしていたからである。

 それに、日本政府は、実のところ、消費税導入以来30年間、この付加価値税もどきには手を焼いていた。複数税率を持たないVATなど、ハンドルを持たずに速度調整しかできないオタマジャクシと同じで、ちゃんと手足の有るVATに期待される政策能力の、7割以上が、封印されて来たからだ。

 そして、国税庁は、この条約批准を大義名分として、平成28年税制改正で、消費税10%の引き上げと8%の軽減税率の設定を宣言し、同時に令和3年10月までにインボイス制度を導入することを明言する。これは、外国へのアピールでもある。

 しかし、国民の間では、軽減税率の導入は話題に上ったが、同時にインボイスが不可欠になると言うことについては、ほとんど話題にならなかった。

 現在インボイスの施行開始は、令和5年10月1日となっている。

 そう。日本は、世界に宣言したスケジュールにすでに2年遅れているのである。経過措置の完成を含めると、後6年も遅れる。

 そもそも、OECDでこの問題が取り上げられる発端となったのは、2014年の東京大会なのだが、その日本が今ではダントツのビリである。

 

 私の説明会から1年が過ぎ、導入まで1年を切った。しかし、周囲の状況は何も変わっていない。あの事業主は、まだ、新しいレジの購入代金の事を気にしているだろう。

 

4 人主に五壅有り

 中国の春秋戦国時代末期、秦が中華を統一する前夜 (漫画「キングダム」の時代)を生きた当ブログ“ゲキ推し”の思想家、韓非子の著書韓非子 55篇主道篇に記された言葉である。

 「君主の身には五壅(五種の閉じ込め)と申すことがあります。即ち、臣が主の目や耳を塞いで何も知らぬようにすること、臣が国の経済を一手に抑えてしまうこと、臣が一存で命令を発すること、臣が道義の標準を示す事、臣が身の回りに人を蓄えること、これが五壅です。」

 あまり意識されていないが、わが国の君主は、我々国民である。ここで言う臣とは、政府や行政機関あるいは国会議員などである。

 彼らが、果たして君主である私たちに、現在の我が国が置かれている状況を正確にきっちりと報告しているのか?何か新しいことを始めようとしているが、それは実際に必要なのか?なぜ必要なのか?そのようなことについて、よくマスコミは「説明責任」と言う言葉で、説明させようとしているが、自衛隊にしても、消費税にしても、どっか歯切れの悪い所を感じないだろうか?

 その一つの理由が、本稿で示したインボイスに関する裏事情の数々である。

 これらは全て、ネットで確認することができる。なのに、なぜ国民に広く伝わっていないのか?

 臣が情報の軽重を操作し、主の目や耳を塞いで何も知らぬようにしているのではないのか?

 政府(臣)がしっかりと、我が国の消費税の本当の姿と、改革の必要性を説き、世界各国に遅れた責任は、国民全員に帰するものであって、改革に当たって、一部の零細企業のみが負担を負うのは相当ではないと説明するのが正しい報告なのではないか。

 そのうえで、大企業を中心にその他企業、国民に対し、ステルス増税をいくらかでも負担しあってもらうよう、真摯に願い出るのが、正しき忠臣の姿であったろう。

 国民も国民だ。先の大戦で、3,400,000人もの屍の上にようやく国民主権を勝ち取ったにもかかわらず、いまだに、国家や国会議員のやることについて、疑問も持たず、不都合な事情は捻じ曲げられた「大本営発表」を待っている。

 30年間、形だけは似ているが、本来の役割を全く果たせない、付加価値税もどきを「最高の生地で作られた衣服です。」ともてはやされ、恥ずかしげもなく、それを纏い先進国面して、闊歩して。

 アンデルセンの童話に出て来る子供が言ってるぜ、「あの国の王様は裸だ。」と

『原罪と楽園追放』by ミケランジェロ・ブオナローティ

 バチカン市国の誇るシスティーナ礼拝堂の、幅13メートル奥行き40メートルの広大な天井は、規格外の剛腕を持つ画家の力作によって埋め尽くされた。この絵画は、その数十分の一のディテールに過ぎないにも関わらず、独立した絵画のように完成している。

 画題は、有名な現在の場面。

 知恵の実を食べたイヴが、初めて得た知識は、自分が裸であると言うことであった。そして彼女は慌ててイチジクの葉で股間を被った。

 知識を得てしまったがために、楽園を追放される2人。

 民主主義は、大衆が基本的教育の拡充により、自分たちが裸であることに気づいてしまったことから始まった。そして私たちは、何もかも人任せで良かった「楽園」から出て、自由と平等というイチジクの葉を握りしめ、どのような問題も自分たちで解決していくことを選択したわけなのである。